ふつうのじゆうちょう

日々思ったこと、思い出したことを自由に書いていきます。

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ショートショート『子どもができました』

「ねえ、シュンちゃん」
「どうしたの。まるで、担任の先生にうっかり『お母さん』って言っちゃった時みたいな顔をして」
「うん。ウチらの担任男だもんね、気まずいよね。実はね、アタシ、子どもができたの」
「ほう、子ども」
「うん、子ども」
 二人が見つめ合ったまま、五分くらい経ったころ。
「えっ……ええええっ?!」
 シュンちゃんはおったまげた。勢いよく立ち上がると、思いっきり頭を打った。ここは公園にあるちっさい滑り台の中だ。ゴーン、って派手な音が響いたんだけど、シュンちゃんは痛がるどころか真顔で言った。びっくりすると痛くない、っていうのは本当らしい。
「子どもって、やっぱり手をつなぐとデキるんだね……」
「うん、そゆこと」絶対に違うと思うんだけど、とりあえず頷いておく。「生命の神秘って感じだね」
「ぼくたちキスもしてないもんね、スゴイや……」
「しかも、その子ども五歳でさ」
 話が長くなりそうなのでササっと本題に戻す。
「五歳って、それじゃあ中一の時にデキた子どもってことになるのか。」
 そう、正解。二人とも高三だ。
「何がすごいって、アタシ生んだ覚えないんだよね」
「じゃあ、もしかして未来から来たぼくたちの子どもなんじゃない?」
「うーん、どうなんだろうね。アタシのこと『ママ』って言ってたけど似てないんだよね」
「そうなんだ。ところでその子はどこにいるの?」
 シュンちゃんはワクワクした顔と声で訊いてくる。
「ん、交番」
「交番」
シュンちゃんは目が点になっている。
「そ。だって、怖いじゃん。誘拐だとか言われたらアタシ犯人になっちゃうじゃん。やだよ、この若さで未亡人とか」
「まあ、確かにそうだけど」
 前科者でしょ、とはツッコまれなかった。その時、通学カバンの中でスマホがブルった。
「ああ、さっきのお兄さん、ども」
 電話に出ると沖縄のビーチに吹く風みたいな爽やかな声が聞こえた。沖縄行ったことないけど。
「お兄さん?」
シュンちゃんが不思議そうに首を傾げた。
「交番のお兄さん。なんか、めっちゃサーフィンしてそうなタイプのメンズ。ん、ああ、お母さん見つかった? ていうかお兄さん泳げない? ベランダで焼いてる? そうなんだ。いらぬ情報。ああ、つい、面目ない。え、電話変わるって? ……あーどもども。黎明のナイトメアちゃんのお母さんですか? ああ、違う? 泡沫のサンクチュアリ。だいぶちゃいますね。でも合流できてよかったです。ああ、お礼だなんて、かたじけない。住所は……」
 黎明のナイトメアちゃんもとい、泡沫のサンクチュアリちゃんのお母さんがどうしてもお礼をしたいって言うので住所を教えた。
「ねえ、ヨーコちゃん。すごい名前だね、その女の子」
「ね、びっくりだよ。源氏名だとは思うんだけどね。アタシたちは佐藤、鈴木、高橋、田中! みたいな名前つけようね」
「うん。それだとぼくたち結婚できないね」
「うん、そゆこと」
「ぼくたち、別れようか」
「うん、それがいいと思う」
 我ながら、上手いこと別れを切り出せたと思う。ちなみに迷子の件は本当だ。このあとアタシはカナヅチのベランダ焼きお兄さんと結婚した。デキ婚だった。アタシは田中ヨーコになった。